はじめに
他の記事で、貨幣の起源として「物々交換説」と「債務証書説」という2つ説が対立することを述べました。
物々交換説では、物々交換に始まり、貴金属、米、塩等が交換媒体として導入され、それらが現代の貨幣に発展したと主張します。債務証書説では、債務証書の機能を有する紙等が現代の貨幣に発展したと主張します。
両者の本質的な違いの1つは、貨幣という物体(又は貨幣との交換を約束された貴金属)それ自体が相応の価値を持つと考えるか否かです。
貨幣それ自体が価値を裏付けているという考え方を「商品貨幣論」といいます。一方、貨幣それ自体は何の価値もなく、その発行者の信用が価値を裏付けているという考え方を「信用貨幣論」といいます。いずれにしても、貨幣を交換媒体とした市場経済が発展した理由は何なのでしょうか。
他の記事では、私という個人が魚を手に入れる方法を例に説明しましたが、特定の個人間だけでなく、貨幣が広く一般に転々流通する理由は何なのでしょうか。これについても、主流派経済学とMMTでは主張が異なります。
主流派経済学による説明
なぜ、貨幣は流通するのでしょうか。主流派経済学による説明を見てみましょう。
貨幣が流通する理由
主流派経済学は、次のように説明します。

それは、皆が貨幣を欲しがるからだよ。
何故、もはや貴金属との交換が約束されなくなった貨幣を皆が欲しがるのでしょうか。

それは、欲しいモノやサービスと交換できるという貨幣の価値を皆が信用するからだよ。
なるほど。私もそう思います。少なくとも私は、上記の理由でお金を愛しています。
しかし、ミクロには正しそうに見えてもマクロにはどうでしょうか。貨幣の価値を皆が信用するからという主流派経済学の説明が正しいと仮定すると何が起こるでしょうか。主流派経済学の主張を批判するための材料として、次のような思考実験が用いられます。
思考実験1
ここは日本国。
A君に貨幣の価値を信用する理由を訊きました。
A君:「B君も貨幣の価値を信用するからだ。」
B君に貨幣の価値を信用する理由を訊きました。
B君:「C君も貨幣の価値を信用するからだ。」
・・以下同様に繰り返し・・
Y君に貨幣の価値を信用する理由を訊きました。
Y君:「Z君も貨幣の価値を信用するからだ。」
ついに、最後の日本国民であるZ君に理由を訊くことになりました。
Z君は全ての日本国民に直接的又は間接的に信用されている大人物です。
Z君は貨幣の価値を信用する理由を何と答えるでしょうか。
Z君:「A君も貨幣の価値を信用するからだ。」
ん!?
Z君、君は何を言ってるんだい?
A君に訊いて確かめて来いよ(以下略)。
といった循環論法に陥ってしまいます。この思考実験は単純化し過ぎというか、現実離れし過ぎなのは重々承知なのですが、我慢してもう少し続けてみましょう。
思考実験2
ここで、かわいそうですがZ君が死んでしまったと仮定しましょう。貨幣の価値を皆が信用すると仮定すると、今度は何が起こるでしょうか。当然、Z君を直接信用していたY君は嘆き悲しむのですが、悲しみを乗り越えた頃にこう考えるかも知れません。

そう言えば・・、「昔、ニクソンショックというのがあって、日本円と米ドル、ひいては金との交換が約束されなくなってしまったんだよ・・」っておじいちゃんが言ってたなあ。私が持っている日本円は本当はただの紙切れなんじゃないだろうか。こんなもの本当に信用できるのだろうか。
Z君に訊いて確かめたいのですが、それはもはや不可能となってしまいました。心配になり、居ても立ってもいられなくなったY君は全財産をドルに両替します。
すると、Y君を直接信用するX君も全財産をドルに両替します。
すると、X君を直接信用するW君も全財産をドルに両替します。
・・以下同様に繰り返し・・
すると、C君を直接信用するB君も全財産をドルに両替します。
すると、B君を直接信用するA君も全財産をドルに両替します。
結果、Y君一人の行動が震源となり、日本円は大暴落。
そして、日本国内でも物やサービスがドルで取引されるようになる・・。
しかしながら、このようなことは絶対に起こりません。それは、日本国内で生活する以上、絶対に避けては通れない「ある取引」については日本円でしか許されないからです。
MMTの説明
何故、貨幣を信用するのか。そして、何故、貨幣は流通するのか。MMTはどのように説明するのでしょうか。
貨幣を信用する理由
他の記事で、債務証書を使って私が魚を手に入れる方法を説明しました。そこで重要なのは、私が信頼のおける人物であるか否かです。
「コイツは本当に肉を差し出すのだろうか」と相手が疑えば、例の紙切れは「紙クズ」になってしまいます。
私が信頼のおける人物であることは自他共に認めるところでありますが、残念ながら私が発行した貨幣(債務証書)が広く一般に流通することはないでしょう。
なぜなら、私に限りませんが人間には寿命があるからです。発行者が死んでしまったら、その債務証書は「紙クズ」になってしまします。
つまり、債務証書が貨幣として機能するには、その発行者が信頼のおける者であることが必要なのは当然として、「死なない」ことも必要です。
(一応)死なない貨幣の発行者は、例えば「政府」です。なお、MMTでいう「政府」とは、中央政府と中央銀行を合わせた「統合政府」を意味します。実際、日本で流通する現金紙幣の発行者は日本銀行(日銀)です。
そして、現金紙幣は日銀の債務証書です。実際、現金紙幣には「日本銀行券」と書いてあります。何故、現金紙幣が日銀の債務証書であるかは、他の記事で考察したいと思います。
避けては通れない取引
日本国内で生活する以上、絶対に避けては通れない取引があります。それは「納税」です。上述の「ある取引」とは、納税のことです。日本国内で生活する以上、納税は日本円でしか許されません。
貨幣が流通する理由についてのMMTの説明を、少し長くなりますが島倉原氏の「MMT講義ノート」から引用します。
①政府はまず、計算貨幣すなわち通貨単位を定めます。現代の日本であれば円、米国であればドルがそれに当たります。
②次に、政府は、通貨単位に基づいて、政府に対する支払義務を人々に課します。その典型例が納税義務であり、(中略)。
③そして、政府は、通貨単位で額を定められた通貨を発行するとともに、それを政府に対する支払手段に指定します。つまり、政府は、納税義務などの履行手段として、人々から通貨を受け取ることを約束します。
④すると、民間の債務や資産、あるいはモノやサービスの価格も通貨単位で表示されるようになり、それらを取引する際の支払手段として通貨が用いられるようになります。(後略)
引用元:島倉原(2022). MMT講義ノート 貨幣の起源、主権国家の原点とは何か 白水社
私には少々難解だったので、日本を例にもう少し具体的にしてみました。
ということでしょうか。付け加えますと、人々は納税義務を履行しなければなりません。納税義務を履行しなければ逮捕されてしまいます。したがいまして、人々には日本円を手に入れよういう動機が発生します。
国家公務員等は日本政府から日本円で給料が支払われるのでそれで納税できます。他の民間人も納税義務がありますので、何とかして日本円を入手しなければなりません。そこで、民間人はモノやサービスを生産し、それらと引き換えに国家公務員等から日本円を入手します。このようにして民間にも日本円が流通します。
まとめ
MMTは、貨幣が流通する根拠は納税義務であると主張しています。主流派経済学の説明よりは説得力がある気がします。
***
「貨幣の仕組み」に戻る。



コメント