「国の借金」の何が問題か

貨幣の仕組み

はじめに

「国の借金」とは何か」で、日本国債(いわゆる「国の借金」)の債務不履行は考えられないと述べました。債務不履行が考えられないなら、そもそも膨れ上がる「国の借金」の何が問題なのでしょうか。当記事ではこれについて考察したいと思います。

当記事では、先ず「負担」とは何かについて考察します。そして、中央銀行がない世の中について簡単な思考実験を用いて考察します。中央銀行は、日本では日本銀行がこれに相当します。中央銀行は、「日本銀行の業務」で述べたのと同様の機能を有します。そして、次に中央銀行がない世の中に中央銀行を導入した場合についても簡単な思考実験を用いて考察します。

「負担」とは何か

「国の借金」問題が指摘されるとき、「将来世代に負担を先送りしてはならない云々」というフレーズをよく耳にします。そもそも、ここでの「負担」とは何を意味するのでしょうか。例えば、財務省HPの「『借金』の問題点」というタイトルのページにある文言を引用します。

社会保障の給付と負担のアンバランスな状況をはじめ、借金返済の負担が先送りされることで、将来の国民が社会保障や教育など必要なものに使えるお金が減少したり、増税などによって負担が増加するおそれがあります。

引用元:https://www.mof.go.jp/zaisei/current-situation/situation-problem.html

赤色は私が付しました。負担とは、「借金返済の負担」(つまり、国債の償還)のことを言っているようです。国債を償還するのは債務者である政府ですから、負担するのは政府です。

また、「負担が増加」の一例として「増税」が挙げられています。つまり、この場合の負担とは「税金で国債を償還していくこと」の負担を意味すると考えられます。

でもちょっと待って下さい。納税義務があるのは国民ですが、国債の債務者でない国民が負担するのはおかしな話です。「先送り」以前に「肩代わり」させることが問題ではないでしょうか。

中央銀行がない世の中

まず、仮に中央銀行がない架空の世の中について単純な思考実験をしてみましょう。また、ここでも現代のほとんどの国の貨幣制度のように、「信用貨幣論」に基づいているとします。

思考実験1

中央銀行がなく、中央政府が通貨を発行して財政支出や徴税をする世の中を考えます。

思考実験1
  • Step 1-1
    通貨の発行

    中央政府は、財政支出の資金を調達するために通貨を発行します。

  • Step 1-2
    財政支出

    中央政府は、Step 1-1で発行した通貨を使って財政支出をします。例えば、国家公務員に給料を支払ったり、公共事業を発注した企業に対価を支払ったり、年金受給者に年金を支払ったりします。

  • Step 1-3
    通貨の流通

    人々(民間)は、納税義務を履行するために通貨を手に入れようとします。すると、Step 1-2の財政支出で民間に供給された通貨は様々な取引に用いられるようになり、世の中に広く流通するようになります。

  • Step 1-4
    徴税

    中央政府は、民間から徴税します。徴税により、通貨は中央政府に戻ってきます。そして、徴税額の分だけ民間の資産が減ります。

Step 1-3で述べた納税義務のこのような効果は、「貨幣が流通する理由」で述べたとおりです。また、Step 1-4の徴税は「税の目的」で述べたように、物価の調整が目的です。

思考実験1のまとめ

思考実験1で、世の中に流通した通貨は人々にとっては資産です。ということは、これらの通貨は中央政府にとっては負債です。思考実験1では、中央政府が発行した通貨の総額を仮に「国の借金」と呼びましょう。

徴税を上回るペースで中央政府が自身の負債である通貨を民間に供給し続けたらどうでしょうか。「国の借金」は膨れ上がっていくことになります。

この「国の借金」はいずれは返さなければならないのでしょうか。多分、「返さなければならない」などと言い出す人はいないでしょう。

仮に、「返さなければならない」というなら、人々から徴税して返すというのでしょうか。もしそうなら、「国の借金」の全額を返すということは何を意味するのでしょうか。それは、中央政府が発行した通貨を全て回収することを意味します。つまり、世の中の通貨が全て消滅することを意味します。

果たして、そんな世の中は健全といえるでしょうか。答えをいうまでもありません。

さらにこの場合、「国の借金」が膨れ上がっていくと誰かの負担が増えるのでしょうか。そのようなことは考えられません。

中央銀行がある世の中

上では、仮に中央銀行がない世の中について考察しました。そのような世の中では「国の借金」が膨れ上がることが問題になるとは到底考えられません。

そのような世の中に中央銀行を導入した場合について単純な思考実験をしてみましょう。現代の日本をはじめとする先進国のように中央銀行を導入したら、「国の借金」問題が浮上するのでしょうか。

なお、以下では中央銀行による金融政策の独立性が守られているとします。そうすると、「国際金融のトリレンマ」で述べたように、為替相場の安定と自由な資本移動とのいずれか一方は諦めなければなりません。なお、日本などの先進国では為替相場の安定を諦め、管理通貨制度を採用しています。

このような世の中において、国債を買い取る主体が中央銀行の場合(思考実験2)と民間銀行の場合(思考実験3)のそれぞれについて考えます。

思考実験2

思考実験2として中央銀行が国債を買い取る場合を考えます。

思考実験2
  • Step 2-1
    国債の発行

    中央政府は、財政支出の資金を調達するために国債(「国債A」と呼びましょう)を発行します。

  • Step 2-2
    国債の買取

    中央銀行は、Step 2-1で発行された国債Aを買い取ります。このとき中央銀行は、国債Aを買い取るとともに、中央政府の当座預金の残高を国債Aの額面だけ増やします。

  • Step 2-3
    財政支出

    中央政府は、Step 2-2で調達した当座預金を使って財政支出をします。例えば、国家公務員に給料を支払ったり、公共事業を発注した企業に対価を支払ったり、年金受給者に年金を支払ったりします。つまり、国債Aの額面だけ民間の資産が増えます

  • Step 2-4
    通貨の流通

    人々(民間)は、納税義務がありますのでそれを履行するために通貨を手に入れようとします。すると、Step 2-3の財政支出で民間に供給された通貨は様々な取引に用いられるようになり、世の中に広く流通するようになります。

  • Step 2-5
    徴税

    中央政府は、民間から徴税します。徴税により、通貨は中央銀行に戻ってきます。そして、徴税額の分だけ中央政府の当座預金の残高が増えると同時に、民間の資産が減ります。

Step 2-4で述べた納税義務のこのような効果は、「貨幣が流通する理由」で述べたとおりです。また、Step 2-5の徴税は、「税の目的」で述べたように物価の調整が目的です。

Step 2-5が完了した時点で、国債Aを保有しているのは中央銀行です。また、財政支出によって国債Aの額面だけ民間の資産が増えました。

やがて、国債Aの満期が到来します。Step 2-5の次のStep 2-6から思考実験を続けてみましょう。

思考実験2の続き
  • Step 2-6
    国債の発行

    中央政府は、Step 2-1で発行した国債Aの満期到来に備えて、同額の国債(「国債A’と呼びましょう」)を発行します。

  • Step 2-7
    国債の買取

    中央銀行は、Step 2-6で発行された国債A’を買い取ります。中央銀行は、中央政府の当座預金の残高を国債A’の額面だけ増やします

  • Step 2-8
    国債Aの満期到来

    中央政府は、Step 2-7で調達した当座預金を使って中央銀行が保有する国債Aの償還を行います。これによって、Step 2-1で中央政府が発行した国債Aがこの世から消滅します。

Step 2-8が完了した時点で、国債Aが消滅した代わりに同額の国債A’が発生しています。したがって、「国の借金」の額はStep 2-2の状態とStep 2-8の状態とで変わりません。国債A’を保有しているのは中央銀行です。

Step 2-6からStep 2-8で行われているのは、いわゆる「借り換え」です。荒っぽい言い方をしますと、「借金で借金を返す」ということです。

やがて、国債A’の満期も到来しますが、Step 2-6からStep 2-8と同様のことを延々と繰り返したらどうでしょう。「国の借金」の額はStep 2-8の状態から変わりませんが、減ることはありません。しかし、これで何が問題でしょうか。

確かに、中央政府には国債という債務が発生しました。しかし、中央政府は、新たに発行した国債を中央銀行に買い取らせることによって償還のための資金を調達できます(Step 2-6~Step 2-7)。しかも、「容易に」調達できます。なぜなら、Step 2-7で中央銀行は金額を「書く」だけだからです。このあたりは、「日本銀行の業務」で述べました。

これって、中央政府の「負担が増える」とは言えないでしょう。中央政府も中央銀行も、痛くもかゆくもありません。一方、ここまでで民間の負担は増えません。

ということは、更にStep 2-1から開始し、中央政府が同様に財政支出を繰り返したらどうでしょう。「国の借金」の額は、Step 2-2で国債が発行される度に膨らんでいくことになります。しかし、これで何が問題でしょうか。

上で考察したように1回の財政支出で誰かの負担が増えることは考えられません。それなら、中央政府が財政支出を何度繰り返しても誰かの負担が増えることは考えられないでしょう。ゼロに何をかけてもゼロですから。

思考実験3

思考実験2では中央銀行が国債を買い取る場合を考えました。ここでは、思考実験3として民間銀行が国債を買い取る場合を考えます。

思考実験3
  • Step 3-1
    国債の発行

    中央政府は、財政支出の資金を調達するために国債(「国債A」と呼びましょう)を発行します。

  • Step 3-2
    国債の買取

    民間銀行は、Step 3-1で発行された国債Aを買い取ります。このとき中央銀行は、民間銀行の当座預金の残高を国債Aの額面だけ減らすとともに、中央政府の当座預金の残高を国債Aの額面だけ増やします。

  • Step 3-3
    財政支出

    思考実験2のStep 2-3と同じです。ここでも、国債Aの額面だけ民間の資産が増えることに注意しましょう

  • Step 3-4
    通貨の流通

    思考実験2のStep 2-4と同じです。

  • Step 3-5
    徴税

    思考実験2のStep 2-5と同じです。


Step 3-5が完了した時点で、国債Aを保有しているのは民間銀行です。また、財政支出によって国債Aの額面だけ民間の資産が増えました。

やがて、国債Aの満期が到来します。Step 3-5の次のStep 3-6から思考実験を続けてみましょう

思考実験3の続き
  • Step 3-6
    国債の発行

    中央政府は、Step 3-1で発行した国債Aの満期到来に備えて、同額の国債(「国債A’と呼びましょう」)を発行します。

  • Step 3-7
    国債の買取

    中央銀行は、Step 3-6で発行された国債A’を買い取ります。中央銀行は、中央政府の当座預金の残高を国債A’の額面だけ増やします。

  • Step 3-8
    国債Aの満期到来

    中央政府は、Step 3-7で調達した当座預金を使って民間銀行が保有する国債Aの償還を行います。これによって、Step 3-1で中央政府が発行した国債Aがこの世から消滅します。

Step 3-8が完了した時点で、国債Aが消滅した代わりに同額の国債A’が発生しています。したがって、「国の借金」の額はStep 3-2の状態とStep 3-8の状態とで変わりません。国債A’を保有しているのは中央銀行です。つまり、思考実験2のStep 2-8が完了した時点と全く同じ状態になりました。

やがて、国債A’の満期が到来しますが、Step 3-6からStep 3-8と同様のことを延々と繰り返しても、思考実験2と同じで何も問題は考えられません。

中央銀行があり、中央政府が国債を発行して財政支出をする世の中を考えました。このような世の中において、民間銀行が国債を買い取る場合を考えました。このような場合でも、国債(いわゆる「国の借金」)で誰かの負担が増えるというシナリオは考えられません。

思考実験4

思考実験3と同様に民間銀行が国債を買い取る場合を考えます。しかし今回は、中央政府は国債の「借り換え」をせずに民間に徴税して国債の償還を行う場合を考えます。Step 4-1~Step 4-5は、思考実験3のStep 3-1~Step 3-5と同じです。

思考実験4
  • Step 4-1
    国債の発行

    思考実験3のStep 3-1と同じです。

  • Step 4-2
    国債の買取

    思考実験3のStep 3-2と同じです。

  • Step 4-3
    財政支出

    思考実験3のStep 3-3と同じです。ここでも、国債Aの額面だけ民間の資産が増えることに注意しましょう

  • Step 4-4
    通貨の流通

    思考実験3のStep 3-4と同じです。

  • Step 4-5
    徴税

    思考実験3のStep 3-5と同じです。

  • Step 4-6
    徴税

    中央政府は、Step 4-1で発行した国債Aの満期到来に備えて、同額の税金を民間から徴収します。このとき、中央政府の当座預金の残高が国債Aの額面だけ増えるとともに、国債Aの額面だけ民間の資産が減ります

  • Step 4-7
    国債Aの満期到来

    中央政府は、Step 4-6で調達した税金を使って民間銀行が保有する国債Aの償還を行います。これによって、Step 4-1で中央政府が発行した国債Aがこの世から消滅します。

Step 4-7が完了した時点で、国債Aはこの世から消滅し、新たな国債は発生していません。つまり、「国の借金」はStep 4-2の状態から消滅してしまいました。

また、Step 4-3で増えた分の民間の資産がStep 4-6で消滅してしまいました。つまり、Step 4-3で国家公務員に給料を支払ったり、公共事業を発注した企業に対価を支払ったり、年金受給者に年金を支払ったりして増えた分の民間の資産がStep 4-6でそのまま回収されてしまいました。このくらいの税金を徴収しないと「国の借金」の膨張を止めることはできません。

中央銀行があり、中央政府が国債を発行して財政支出をする世の中を考えました。そのような世の中において、中央政府が民間から徴税して国債を償還することを考えました。このような場合、「国の借金」は増えません。しかし、徴税額だけ民間の資産が減ってしまいます。したがって、民間に負担が増えることになります。しかし、民間は国債の債務者ではありませんから、これはおかしな話です。

思考実験2~4のまとめ

思考実験2~4についてまとめます。

思考実験2~4のまとめ
  • 思考実験2と3(借り換え)
    • 国債残高(いわゆる「国の借金」)は財政支出を繰り返すと膨れ上がっていきます。とは言え、数字が膨れ上がるだけで中央政府の負担は実質的に増えません。
    • 発行された国債の分だけ民間の資産が増えます。また、民間の負担は増えません。
  • 思考実験4(徴税)
    • 国債残高(いわゆる「国の借金」)は財政支出を繰り返しても増えません。
    • 発行された国債の分だけ民間から徴税するため、民間の負担が増えると言えます。
  • まとめ
    • 借り換えによって「国の借金」が膨れ上がっても、数字が膨れ上がるだけでデメリットを見出せません。
    • 徴税して「国の借金」を返すメリットはないばかりか、民間の負担が増えるといったデメリットしか考えられません。

まとめ

上でいろいろと考察しましたが、「国の借金」が膨れ上がることの問題を見出すことができませんでした。それは、中央銀行が「書く」だけで際限なく通貨を発行することができることがポイントでした。

ところで、2013年頃だったと記憶していますが、麻生太郎財務大臣(当時)が面白いことをおっしゃっている動画を見たことがあります。

麻生財務相<br>(当時)
麻生財務相
(当時)

国の借金と言っても、マスオさんがサザエさんに借金しているようなものだよ。これの何が問題なの?

という趣旨のことをおっしゃっていました。マスオさんを日本政府に、サザエさんを日本銀行に喩えているのだと思います。

ところで、現代貨幣理論(MMT)では、中央政府と中央銀行をまとめて「統合政府」と考えます。そうすると、サザエさん夫婦が統合政府に相当します。

確かに、サザエさん夫婦の間のお金の貸し借りで磯野家(フグ田家?)が破産するはずがありません。この喩えではタラちゃんが日本国民に相当するでしょうか。マスオさんがタラちゃんに借金を肩代わりさせるとしたらそれこそ児童〇待ではないでしょうか。

この喩えでは「タラちゃんに借金を肩代わりさせる」ことが「民間から徴税して国債を償還する」ことに相当するでしょう。

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